すみかる住生活版

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【マンガ】都心の核家族は要注意! 夫に不信感が募る? 産後1ヶ月“あるある”10選【松本えつをの子育てあるあるvol.43】

大前提として、外界との一切のつながりを断たれたような気持ちになる

学生時代は友だちと賑やかに過ごし、社会人になったら、日々、上司や同僚や部下、そしてクライアントと接しながら過ごしてきた。
結婚して、妊娠し、産休に入ってからは、夫以外とのコミュニケーションの機会がガクンと減ったものの、それでも出歩く機会をそこそこつくり、友人や近所の人との接点を持っていた。
産後の入院期間中は、もっぱら看護師さんや面会に来てくれた人と交流をはかり、いざ、退院。
そこからは、24時間のうちのほとんど全部を、赤ちゃんとふたりきりで過ごす。

退院してから……3週間経過してわかったことがある。
それは、たとえば、「まるまる1週間、大人と会話をすることが皆無!」という事態が普通に起こり得るってこと。
あるいは、「自分のいる空間と、家の外の空間が、まったく別の次元に存在しているように感じる」ってこと。

ふと、窓の外を眺めて目に入るのは、手をつないで2列になって登校する小学生たち。その子どもたちを誘導する父兄。カチッとスーツを着て通勤を急ぐ会社員の男女……。
そこでは、これまで通り、同じテンポで時が刻まれている。
そして、視線を戻すと、そこには別の時間が流れる空間で焦りばかりを募らせている自分がいる。

家の中で過ごす日々にも、昨日から今日への変化がある。そして、楽しみがある。愛がある。
とてもしあわせなことだというのもわかる。
だけど、頭の中のどこかで、わたしはこの先ずっと、ここにいるわけにはいかないと思っている。
いつか、間違いなく、あっち側に戻るつもりでいる。

今いる「こっち」から、外の「あっち」に戻るとき、その方法や、そのベストなタイミングを、この先わたしはちゃんと得ることができるのだろうか。
こうして過ごしているうちに、こっちとあっちの距離はどんどん広がっていって、気づいたときにはもう戻れなくなってしまうのではないだろうか……。

ゆえに、ひとりごとが増える

赤ちゃんとふたりきりで過ごすなら、赤ちゃんをひとり占めできるし、「赤ちゃんだって人間なんだもの、いっぱい話しかけてあげたら喜ぶでしょう」と言われるかもしれないけれど、あまりにも小さすぎる赤ちゃんに、わたしの言葉を理解して返事をする能力はまだない。

だからこそかわいいんだけれど、まだ小さい彼に話すのならば、彼が理解できるような単語を選んで話してあげたい(それがたとえ「ない」としても)。
当然、そうじゃない会話は、一方通行になるから、はたから見たらわたしはただの「ひとりごとが多い女」。

でもさ、家の中でひとりごとが多くても、誰かに迷惑をかけるわけじゃないんだし、許されるよね?

さらに、健診にいくと必要以上にしゃべってしまう

産後入院中はよく話し相手になってくれた看護師さんにも、退院後は会えない。
まるで、友だちがたくさんいた学校から見知らぬ土地の見知らぬ学校へ転校したかのよう。

退院後10日のときに一度健診があったが、いちばん頼りにしていた看護師さんが担当だったので、必要以上に話をしてしまった。
あらかじめ「気をつけよう」って思っていたのに、話し始めると止まらなかった。

彼女を長時間つかまえてしまったことを、帰宅後に後悔。そして、自己嫌悪。

赤ちゃんの手と自分の手を並べて写真を撮る

赤ちゃんの掌、指、爪……。全部、ものすごく小さくて、かわいい。
そして、そんなに小さいのに、しっかりと血が通っていて、ぬくもりがあって、そこからエネルギーがあふれ出ている。

「きっとこの手で未来をつかんでいくんだね」なんて考えているうちに、涙がこみあげてきた。

赤ちゃんの手を自分の手に重ねて写真を撮ることも、もちろん日課。
小さな手をじっと見る。そして、泣く。それも含めて日課。

買い出しには行かず、すべてネットショッピング

生後1ヶ月は、通院などの事情がある場合を除き、赤ちゃんを外に連れ出さないほうがよいとされている。
赤ちゃんがまだ上手に体温調節ができなかったり、大人よりも免疫が低かったりするからだ。

慣らしのつもりでベランダやマンションのロビーくらいまでなら連れていくこともあるけれど、人がたくさん行き交う場所には連れてはいかない。
もちろん、ひとときも赤ちゃんから離れないようにしているから、自分自身も外出しないということになる。

買い出しはスマホからネットショッピングで済ませ、配送業者の方に、玄関先までお届けしてもらう。

そんな状況下、産休に入る前にかなりお世話になっていた上司の男性から、「君の得意な案件が動くから、クライアントへのアポに同行してよ。2時間だけだから」とあたりまえのように伝えられたときは、正直、静かに引いた。
そして、同時に、「今のわたしは、今までのわたしとはまったく違うわたしなのだ」と自覚した。

たしかに、以前のわたしであれば、ふたつ返事でOKして、都合つけて行ったと思う。
だけど、今の自分に、そんなことは許されないのだ。

気づくとトイレを我慢しちゃってる

トイレなんて、「小」のほうであれば、ものの1分程度で済ませられる用事だ。
だから、産む前は、トイレがこんなにもチャンスを狙って行くものになるとは思ってもみなかった。

だけど、実際に赤ちゃんと一緒に過ごしてみると、眠っているならまだしも、起きている状態では「1分もの間、目を離す」なんて恐ろしいこと、そう簡単にはできないと感じた。

「それならば、赤ちゃんと一緒にトイレに入っちゃえばいいのでは?」と考えたこともある。
トライもしてみたが、余計に危なっかしい動作だということがわかった。
片手で赤ちゃんを抱っこしながら、片手で何かの用事を済ますということが、こんなにも難しいことだったとは。

赤ちゃんを抱っこしているときは、「片手が、条件付きでふさがっている状態」だ。
条件付きだから、「ただ片手にノートやカバンを持っている状態」とはまた異なる。
たとえば左手に生後間もない(つまり、首さえも座っていない)赤ちゃんを抱えていたら、それはノートやカバンよりもより広範囲にわたって筋肉と神経を「抱っこする」という動作に対して集中させる必要があるけれど、それは、そうしないと危険だからだ。

かつて、赤ちゃんを抱っこしながら、空いた方の手でなんでもこなしているママさんを見たことがある。
そのときは何も思わなかったけれど、今考えると、あのママさんはなかなか高度なことをしていたなぁと、感心する。
不器用なわたしには、とてもじゃないけれど、できない……。

ぐっすり眠ることは、ほぼない

産後数週間を過ごすうち、今までに仕入れてきた情報のうち、いくつかが、自分にはあてはまらないということがわかった。
「生後間もない赤ちゃんは1日のうちのほとんどを眠って過ごす」というのも、そのひとつだ。

また、「最初のうちは、夜でも3時間おきに授乳しましょう」というのも、ちょっと違った。
赤ちゃんが泣くたびに授乳し、時間を記録してみたら、長くても1時間。
大抵はもっと短くて、多くは20〜30分おきに泣かれては飲ませていることがわかった。
3時間おきなんて絶対にムリな話だ。

そのうち、赤ちゃんが泣くか泣かないかの、いうなれば「空気の振動」みたいなものにも反応して飛び起きるようになり、さらにはその前兆がなくても自発的に起きてしまうようになった。

毎晩のことなので、日中にとても眠くなるのだけれど、日中だろうと赤ちゃんは長い時間眠ってくれないので、わたしがまともに眠れないのは昼も夜も変わらず。

「これ、おかしいんじゃないの?」などと不安になり、ググりまくっても答えは見つからなかったので、専門家に聞くべく、健診で相談すると「赤ちゃんはちゃんと育っているので心配ないでしょう」とのこと。

いやいや、そういうことじゃないでしょ。問題ないわけないでしょ。このままじゃわたしがダメになるでしょ……。

ベビーベッドがオブジェと化す

妊娠中に、笑顔でいっぱいの産後の生活をイメージして購入したベビーベッド。
生まれてすぐの頃は頻繁に大活躍してもらう予定だった。

しかし、現実は、産後1ヶ月までの期間で使ったのは、ほんの数回。
それもそのはず、添い乳・添い寝の繰り返しで、ひとりで寝かせることなんてほとんどないのだから。

あるときふと、ベビーベッドがかわいそうになって、「もっと赤ちゃんがよく眠るような、ほかの家庭に買われたら、あなたも活躍できたかもしれないのにね……」などと話しかけてしまった。もちろん返事はない。

うちでも、もしかしたら2〜3ヶ月経てば、活躍のチャンスが訪れるのかもしれないけれど、今は誰もその答えを知らない。

家事を我慢するのは意外とツライ

「産褥期には、掃除や洗濯、食器洗いなどをムリしてしないようにしましょう」と、どこかに書いてあった。
夫も基本的には優しい人なので「ムリして家事しなくていいよ」と言ってくれる。その気遣いは、とてもありがたい。

だけど……、汚れた食器が積み上がったキッチンのシンクや、洋服が脱ぎ捨てられたリビングのソファを目の前にして、何もせずにいることのほうが、わたしには圧倒的に「ムリ」だ。

「ムリして家事しなくていいよ」と言ってくれる気遣いはありがたいけれど、欲を言うなら、たまには言葉よりも「代わりにやってくれる」という行動が欲しい。
ただ、それも難しいのはわかっているし、そこに至る理由をいろいろ説明する余力も今はない。だから言わない……。

夫には赤ちゃんのことを、どうしても任せられない

都心に住む核家族。自分と、夫と、赤ちゃんの3人の暮らし。
ならば、自分がいっぱいいっぱいなとき、唯一頼りになる身近な存在は夫であるはず。
だから、自分が壊れる前に夫に頼るべきだとは頭ではわかっているんだけど、それがなかなかできない。

ちょっとの時間、抱っこをお願いしても、赤ちゃんを落っことしてしまいそうになったり(普段よりコケる頻度が上がる謎)。
おむつ替えをお願いしても、赤ちゃんを床にじかに寝かせたり(何か敷いてあげてよ!)、うんちのついた指で赤ちゃんの洋服のホックを止めていたり(ちょ! 服着せる前に手、洗って!)。
寝かしつけをお願いすれば、ものの5分も経たないうちに自分が眠っていびきをかいたり(隣でギャン泣きしてるし!)。

何を頼んでも、けっきょく逆にわたしの仕事が増える始末。
そうこうしているうちに、頼ることもなくなってきた。
もうちょっと根気強くレクチャーして、簡単なことからお願いしていけばいいのかもしれないけれど、今のわたしにそんなパワーは残っていないのだ。

世の中のイクメンの記事や放送をよく見聞きする。
「イクメンは1日にしてならず」といった声も聞く。
しかし、イクメンがある程度の月日をかけて成立するには、そもそも本人にその強い意志があってこそで、本人に自覚がない場合は、やはり難しいのではないだろうか。
だとしたら、どうしたら自覚を持ってもらえるのだろうか。

そんな絶望にも近い感情を抱きながら、今日もわたしは疲れ切った顔で、赤ちゃんとだけおしゃべりをしながら過ごすのであった。

***

いよいよユッキーのメンタルが心配になってきたところで、「ユッキーの語りによる産後1ヶ月 “ あるある ” ダイジェスト」を終了するよ。

ユッキーの旦那さんは、ユッキーの感情の変化に気づいているのだろうか。
……ちょっと、気になるね。

そして、何よりも、ユッキー自身は、だいじょうぶなのだろうか。

その行く末は、次回。

文:松本えつを

▼松本えつをの子育てあるある▼

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◆ 文・ストーリー構成:松本えつを(役名:きのこ)

絵本作家・エッセイスト・コピーライター。2007年、8年間役員をつとめた出版社から独立。2008年、出産後の出血多量で死にかけるも一命をとりとめたことをきっかけに、女性が働きづらい社会を少しでも変えたいと一念発起。以降、ニッポンの女性アーティスト・クリエイターの自立支援を目的とした教育&プラットフォーム事業を立ち上げ、多くの女性たちの声を聞く。2014年、クリエイターを対象としたマンガコンテンツ “ クリエイターあるある in 日影工房 ” を企画・制作。これまでの著書の大部分は大人の女性を対象としたものとなる。代表作に『バンザイ』(サンクチュアリ出版)、『ユメカナバイブル』(ミライカナイ)等。

クリエイターあるある in 日影工房
ウーマンクリエイターズカレッジ「絵本の学校」

◆ 絵:ささはらけいこ(役名:もじゃ)

1984年北海道生まれ。金沢美術工芸大学油画専攻卒。東京クリエイターアカデミー(現ウーマンクリエイターズカレッジ)を経て、2010年よりイラストレーター・絵本作家として活動を始める。2014年から “ クリエイターあるある in 日影工房 ” の作画を担当し、「もじゃ」役として出演。2015年におまんじゅうのような子どもを出産し、テンヤワンヤで子育て真っ最中。
ささはらけいこポートフォリオサイト「星ふるモジャモジャの丘」

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