本シリーズでは初めて一人暮らしをスタートした際のボロアパートで起こった面白エピソードを語って頂きます。(いえーる すみかる編集部)
なぜ、ボロアパートになんて住んでしまったのだろう。
そう後悔しながら、中野のアパートから退去した。
ボロアパートへの憧れと限界…
私は、ボロアパートに住める人間だと思っていた。
芸能人が建てた「総額◯億円の豪邸!」と煽ってCMをまたぐようなピカピカの家よりも、あちこちがギシギシと鳴る木造のアパートに興味を持っていた。
曇りガラス、引き戸、埃っぽい畳、錆びた窓枠。それらに歴史を感じ、自分もその歴史の中に溶け込んでいるようで、心地いい。
また、はっぴいえんどを聴いてつげ義春を見て育った私としては、やはり木造のアパートこそ文化的で情緒があると思っていた。
西日に染まったアパートの自室で読書をしているときなんかは、「これはやばすぎる……。文化がやばい」と一人で興奮していた。
普通の物件に住みたい!!
住み続けることができなかった。埃っぽさも隙間風も、全てが精神的な負担となった。
今やIHコンロが、エントランスの間接照明が、オートロックが、羨ましい。住まいには情緒も文化性もいらないのだ。そんなもの住まいに求めるべきじゃなかった。
不動産屋に駆け込み、「綺麗だったら何でもいいです。ほんと、普通のところで」と頼み、物件を決めた。
2度目の引っ越し
中央線から真逆、東京の東側に住むことにした。当時付き合っていた人は劇団員だった。お互い金もなく、一緒に住もうとこれを機にゆるく同棲を始めた。
一緒にニトリに行ったり、料理を作ったり作ってもらったり、幸せだった。しかし、すぐにすれ違いが始まり、「部屋を汚くするのと、酒に酔って朝方帰ってくるのが耐えられない」という理由で振られた。
この時に言われて気づいたのだが、私はかなり雑な生活をしていた。さっきは「ボロアパートは精神的負担がうんぬん」と言っていたが、大雑把でめんどくさがりな性格なため、自己を律しなければ、いくらでも部屋を汚くしてしまうのだった。酒に関しては知らん。
同棲していた彼が出ていき…
彼は少ない荷物をまとめてすぐに家を出て行き、別の女性の家に行った。まさか自分がSPAに載っているような恋愛の最後を迎えるとは思わなかった。短い同棲生活は終わり、再び一人暮らしが始まった。彼が置いていったギターをポロロンと弾いて、ストロングゼロを飲む。なんだか、今日のストロングゼロはしょっぱいな。
そんな自暴自棄になっている時に、より私に追い撃ちをかけるような出来事が起きた。それは、隣にカップルが引っ越してきたのだ。神様ってほんと意地悪だ。
カップルとスマブラ
感情が怒りに振り切っている。越してきたカップルは全く悪くないのにも関わらず、私の都合で怒りの矛先を向けられている。
私が過敏になっているせいか、壁越しに聞こえる話し声がうるさく感じる。日中何か不可解な体験にあったらしい女性は、男性に向かって一生懸命に話し、「これってオバケかな? 怖いよ」と締めた。男性はおどけて、女性を脅かすような話をし、女性は男性の求めていたであろうリアクションをする。
茶番だ。
茶番を繰り広げるな。
どうせイチャつくなら、もっとオリジナリティを見せてくれ。
お前たちカップルのオリジナリティを。
そんなことを思っていると、だんだんと会話が盛り上がっていた。
うるさい。
これはうるさいぞ。
私情を除いても、ちゃんとうるさいぞ。
怒りに行くか。
いや、そんなことしたら「怒られちゃったね」と顔を見合わせて、テヘッとやるに決まっている。
イチャつきの火に油を注ぎたくない。
深夜のTVゲームの盛り上がりがうるさい…
そんな生活が続いていた。「あっこれうるさい」と思っても、中々怒れずにいたのだ。
しかし、今夜は違うぞ。
今は深夜2時。
金曜日とはいえ、深夜は深夜だ。
隣の部屋からダダ漏れの会話からするに、カップルはスマブラをしている。
彼氏が強くて、彼女はコマンドすらよくわかっていないようだ。
とても盛り上がっている。
うるさい。
これは、うるさいぞ。
チャイムを鳴らし「すみません、静かにしてもらえますか」と言おう。
ちゃんと今日は言おう。
そう決めた。
でも、ダメだ。
足が動かない。
勇気が出ない。隣の部屋にチャイムを鳴らしに行くだけだ。
しかし、足がすくむ。
「その技どうやるの?」「Zってどこ?」女性のテンションはマックスだ。
ドンッ。
私は、壁を叩いた。
ドンッドンッ。
「…るさい…です……」力無いその打音と言葉は、夜風と共に消え、壁を超えて彼女の耳に入ることはなかった。
「あはははは」
「ちょっとーコンピューター強すぎじゃない?」
幸せへの敗北
このマンションは、玄関の横に小さい窓が付いている。
曇りガラスの窓だ。
スーパーの帰り、マンションのエレベーターを登って自室まで歩いていると、ふと異変に気づいた。
隣の部屋の小窓から何か透けてみえる。それは、写真立てと一輪挿しだった。
一輪挿しには、オレンジ色の花がささっている。
幸せだ。
まぎれもない幸せがそこにあった。
幸せをわずか50mm×150mmの面積で表しているのだ。
私は、私情で過敏になっているだけだ。
眉間にシワを寄せて、人の幸せを邪魔しようとするなんて、どうかしていた。
確かにうるさい。
しかし、私が我慢すれば、彼らの幸福はずっと続くのだ。
カップルの幸福が続きますように
スーパーの袋を無造作に置いて、西日に染まった自室でギターを弾いた。
フィッシュマンズの「ずっと前」という曲を。
「夕方に弾くギター、情緒がやばい……」と思いながらも、感傷的になっていた。
幸福が続きますように。
一人暮らし大地獄は終わらない…
チャイムが鳴った。ギターを置いてインターホンを出ると、
「あ、隣のものですけど、ちょっとギターの音が……」
「あ、すみません……」
人の幸福なんて願うもんじゃないなー。
これからも、眉間にシワ寄せて一人暮らし大地獄を生き抜くぞ。
文・挿絵:藤原麻里菜/イラスト:ざきよしちゃん
よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。1993年7月20日生まれ。神奈川県出身。
2013年から、YouTubeチャンネル『無駄づくり』を開始し、無駄なものを作り続ける。
現在、チャンネル登録者数は5万人を超え、総再生回数は1000万回以上になり、テレビを始めとする様々なメディアに取り上げられている。
2015年夏には、東京都墨田区「あをば荘」にて初個展「無駄な部屋」を開催。2016年には、Google社が主催しているYouTubeNextUpに入賞する。また、アドテック東京2016にスピーカーとして登壇した。
また、ライターとしても活動しており、第三回オモコロ杯未来賞、週刊SPA!「今読むべきブログ21選」、おもしろ記事大賞佳作などの評価を受けている。でも、ガールズバーの面接に行ったら「帰れ」と言われた。