すみかる住生活版

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スマホに虫が集まりYAZAWAファンがアパートを揺らす|藤原麻里菜の一人暮らし大地獄#02

2017/10/17

藤原麻里菜のひとりぐらし大地獄

よしもとクリエイティブ・エージェンシーに所属しながら、YouTubeで「無駄づくり」チャンネルを運営し、自作の面白い工作や発明の動画投稿が人気の藤原麻里菜さん。
本シリーズでは初めて一人暮らしをスタートした際のボロアパートで起こった面白エピソードを語って頂きます。(いえーる すみかる編集部)

屋根のある病院で生まれ、壁のある家で育った。頑丈な住居に守られながら、立派なインドア派へと成長した。フットサルとサッカーの違いが分からない、とても優秀なインドア派に。安全で快適な家が大好きだった。

中野のボロアパートで一人暮らしを始めた私は、厳しい現実を目の当たりにする。家は安全な場所だと思っていたが、それはとても生ぬるい考えだった。

鍵が三つも付いている!

オートロック、監視カメラ、スマートキー。住居のセキュリティは、テクノロジーの発展と共に進化してきた。しかし、このアパートのセキュリティはとても個性的だった。

まず、この家の玄関は、引き戸だ。最初は、「ちょっとレトロですね」程度に思っていた。内見の際に、玄関のディティールに注視しなかったことを後悔している。

それは、玄関というよりかは、木の板だった。ペラペラでスカスカの木の板だ。この点で、セキュリティに関して心配になるが、大丈夫! 鍵が三つ付いているから!

普通は、一つのドアにおいて、鍵は一つ。一戸建てとかだと二つのところもある。でも、このアパートは一つのドアに三つも鍵が付いているのだ。セキュリティが凄いぞ!

下二つにある鍵穴は、それぞれ別の鍵で開く。酔っ払って帰ってきたときなんかは、どれでどれが開くのか分からなくなるときがあった。でも、鍵をいっぱい持っているのって、何かカッコいいから少し嬉しかったのを覚えている。私の感性が男子中学生レベルで良かった。

そして、一番上には、居酒屋のトイレのような鍵が付いている。ワイヤーを引っ掛けるタイプのやつだ。居酒屋のトイレでも不安になるのに、自宅ともなればそれはさらに倍増する。
その上にはチェーンキーがあり、帰宅するたび、「セキュリティをしっかりさせるぞ! とりあえず鍵をいっぱい付けるのじゃ!」という大家さんのお気持ちがひしひしと伝わってくる。

ただ、どれだけ鍵をたくさん付けたところで、このドアはペラペラのスカスカの木。シャイニングを観たあとは、ソワソワして眠れなかった。

YAZAWAファンがアパートを揺らす

こうも玄関が不安だと、家の中にいても緊張感がある。「斧を持ったジャック・ニコルソンが近くにいませんように」そう祈っていた。

ある日、「そろそろ隣の部屋の女性が西野カナを流しながら誰かと電話する時間だな。聞き耳を立てよう」と日々のルーチンを行おうとしていると、遠くから矢沢永吉の曲が聞こえてきた。隣人の趣味が、西野カナから矢沢永吉に変わったわけではない。だとしたら理由を聞きに乗り込む。外を走る車が爆音で流しているのだ。
だんだんと、矢沢永吉の曲が近づいてくるのが分かる。そして、アパートの前で曲が止まった。まるで、メリーさんのようだった。

しばらくすると、バタンッとドアを閉める音が聞こえ、同時にアパートが揺れた。気になったので、コンビニのついでに見に行くことにした。するとアパートの下にある駐車場。つまり、私の住む部屋の真下に矢沢永吉の車は止まっていた。E.YAZAWAと車体に大きくプリントされており、車の窓にデカイタオルが貼ってある。完璧なYAZAWAファンだ。

それから、2日置きにYAZAWAファンは現れた。矢沢永吉の曲を爆音で流し、アパートが揺れる。
こんなの、俺もよくないし、YAZAWAもよくないよ!

斧を持ったジャック・ニコルソンは現れなかったが、プリウスに乗ったYAZAWAファンはすぐそばにいた。

スマホの光に虫が集まる

8月の熱帯夜。この部屋は肌寒い。イオンで買ったジェラートピケの紛い物を押入れから引っ張り出して、羽毛布団に包まりやっと眠れるくらいだ。あまりの寒さにムクリと起きて、調査を始めると、すぐに原因が分かった。壁に隙間があったのだ。耳を当てると「ブオー」という風の音が聞こえた。

暗い部屋で寒さに震えながら様々なことを考えた。温室育ちのもやしっ子。家でコーヒーを飲みながらマンガを読んだり、映画を見たりが大好きだった。しかし、今はどうだろうか。この家で寒さに震えたり、矢沢永吉にビクビクしたりするくらいだったら、あんなに忌み嫌っていたフットサルをしているほうが、ましじゃないか。

ブーブー。
枕元に置いてあったスマートフォンに通知が来た。
ブーブー。
連続する通知。暗い部屋にスマートフォンの画面の光が眩しい。きっとLINEグループが盛り上がっているのだろう。私はこんなに憂鬱な気分なのに。くだらないことだったら、全員ぶつぞ。
殺伐とした感情で、スマホの画面に目を落とした。

「?」

はてな。頭の中にはてながたくさん浮かんだ。
いくつかの黒い粒が画面上でうごめいていたのだ。「iPhoneの新機能ですか? またアップルは斬新ですな」という考えと「これはもしかして小さい虫では」という考えが同時に浮かんで来た。前者であれば、どれだけ嬉しかったか。いや、嬉しくはないけれど。

田舎道を夜歩いていて、自動販売機の光に無数の虫が集まっていたのを見たことがある。それがこの家でも起こっているのだ。スマートフォンの光に虫が集まるなんてことが、東京の室内で起こってしまうのか。

猫からの贈り物と引越しの決意

精神的に消耗しきった私に残された癒しは、野良猫だった。アパートの周りをウロウロしている野良猫は、人懐っこく、ニャーニャー鳴いてとても可愛い。私は動物の撫で方を知らないので、見かけると、アイコンタクトで愛情を表現していた。

ある日、部屋にいると、ドア越しに鳴き声が聞こえた。

おお! 私の愛情表現が通じたのか! 

嬉々としてドアを開けると、そこには猫と死んだネズミがいた。

猫の社会において、死んだネズミを他人の玄関の前に置く行為が何を意味するかは分からない。しかし、日本人からすると、死んだネズミを玄関に置くという行為は、アレだ。アレ。嫌がらせ。
猫は「どうですか?」という目を向けて、ぴゅーっとどこかへ行ってしまった。お忙しいところ死んだネズミをありがとうございます。

ネズミをアパートの庭に埋めながら、引越しを決意した。とにかく、今すぐにでも、このアパートから出ないと私の精神は擦り切れて粉になって水に溶けて、ぜんぶ無くなってしまう。ネズミの墓に手を合わせ、不動産屋に向かった。

文・挿絵:藤原麻里菜/イラスト:ざきよしちゃん

藤原麻里菜

藤原麻里菜
よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。1993年7月20日生まれ。神奈川県出身。
2013年から、YouTubeチャンネル『無駄づくり』を開始し、無駄なものを作り続ける。
現在、チャンネル登録者数は5万人を超え、総再生回数は1000万回以上になり、テレビを始めとする様々なメディアに取り上げられている。
2015年夏には、東京都墨田区「あをば荘」にて初個展「無駄な部屋」を開催。2016年には、Google社が主催しているYouTubeNextUpに入賞する。また、アドテック東京2016にスピーカーとして登壇した。
また、ライターとしても活動しており、第三回オモコロ杯未来賞、週刊SPA!「今読むべきブログ21選」、おもしろ記事大賞佳作などの評価を受けている。でも、ガールズバーの面接に行ったら「帰れ」と言われた。

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